ああうれしい♪

なんと9年ぶりにPC(デスクトップ・メーカー品ですが)買いました。

新しいPCが欲しいと思ってから数年・・・

今までのはXPが出たときからずーっと使っていましたが、

昨今のPC進化やらでストレスが半端なく、

それでいてなかなか壊れないものだから、

だましだまし使用。

それでもまだ動いているから捨てるのも忍びなく、

モニタも新しいやつといっしょに2枚並べています。

ハード面で贅沢をいうといつでもキリがないので、

適当に妥協し、

自分がPCで何をしたいのか、

何ができるのかを優先して考えると、

数年前、欲しくて仕方がなかったものよりも、

ずっとハイスペックで安価になったものを

手に入れることができました。

ずっと我慢してきたかいがありました。

物を買ってこんなにうれしいと思ったのは、

ほんとに久しぶりです。

末長くつきあってゆけますように^^

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寒い8月

さぼりぐせがついてしまうと、どうしようもないブログ更新・・・

どうせ誰も見てないだろうしと思うと、よけいだらだら。。

書くほどのこともない生活してるしと思うと、更にだらだら。。。

しかし、過去に記録したことってほとんど忘れている。
以前書いたものをチェックしてみた。
自分のなのにまるで他人のブログを眺めている気がして、
なかなか面白かった。(内容がおもしろいとかじゃなく)
自分が知らない人みたいで。

8月が来たというのに、梅雨明けをまだ待っている。

長雨でくさりそうで、おまけに寒いからほんとに夏かと思うほど。
農作物のことが心配になる。
(野菜も作っていないというのに)

くさる合間に山歩きをしたり、写真を撮ったり、ゲームをしたり。

好きなように生きているのはいつもと同じ。

今更FF7のセフィロスに夢中になり、やりこみクリアしてから、
今は12をまったりすすめている。

「片翼の天使」、 どーしよーかっこよすぎる(音楽です)

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久ぶりJ.S.BACH

数年ぶりにはるばる山口県から、
信州の空気に触れたいと、
友人が遊びに来てくれた。
この人はだんなの大学時代からのお友達で、
仲間内では「歩く芸術新潮」と言われるくらい、
文学、美術、音楽の造詣が深い。

短い逗留期間だったが、
いろんなおはなしが出来て、
とても楽しく、有意義な時間が過ごせた。

もちろん音楽の話しにも華が咲く。

たくさん持ってきてくださったCDの中に、
彼が最近特に気に入っているという、
J.S.バッハのフランス組曲を聴かせてもらった。

ここ数年、バッハはグールドという自分の決めつけを、
気持ちよいほどに覆してくれた。
フランス組曲は、バッハの作品の中でも特に、
何かのBGMやなんかに使われそうな聞きやすい小品集だ。
私もピアノを練習するとき、必ず弾きたくなる。

今回聴いたのは、ロシアのピアニストであるガブリーロフのフランス組曲。

ドイツ音楽らしいしっかりとした骨組みもちゃんと現われていて、
それでいて典雅で華やかな音。
昔からとっつき辛かった平均率も、
私がはじめていいなぁ~と思ったのは、
ロシアのピアニスト、リヒテルのものだった。(LP盤)
ガブリーロフの音も、リヒテルのときと同じような印象。

天から音の雨粒が降ってきて、
耳に心地よく音の雨粒がしみわたり、通り抜けてゆく。

嬉しくて、検索してみると、
グラモフォンから二度目の録音のものが売られていた。
お借りしているものはグラモフォン移籍前のEMI盤。
同じものを欲しいと思ったが、
多分もう売ってないと思うし、
年月を重ねたがゆえの新発見もあるかも知れないと、
またCDを注文してしまった。。。

しばらくまたバッハ熱が続きそう。

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新緑の妙高

季節がめぐってくると、からだにしみ込んだ気候ごとの過去の記憶が蘇る。
冬になると聞きたい音楽や読みたい本、行きたいところ、というふうに。

新緑の季節になると行きたいところはいろいろあるんだけど・・・
平日の午後、地元の野菜を買いにいくついでも考えて、
妙高山麓・燕温泉付近にある「惣滝(そうたき)」に行った。

ここらへんは深山、幽玄の雰囲気があり、とても好きな場所。
温泉の独特の硫黄臭、湯気のたつ小さい滝、
ブナの清々しい林、山野草たち、野鳥、
惣滝の流れ落ちる水の轟音等、いろんなものがあり、
終日ここでぼんやりしていたい気になる。

こういう環境に一度でも身を置くと、
世間というものが本当にあるのかどうかすら、わけがわからなくなる。

私は*「都会で暮らしてはいけない病」になってしまったのかも知れない・・・

*by ONE PIECE/ウソップの持病を比喩

(アルバムにここの写真を何枚かupしました。)

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歌の力

TVのワイドショーやニュースなどでも放映されて、
なにを今更という感じだが、
先週やっと、you tubeで、
英国のオーディション番組の出場者、
スーザン・ボイルさんの歌を聴いた。

一見、普通のおばさんなのに、
歌い始めたとたん、会場の空気を一転させてしまう。

私は彼女の明るく素朴なお人柄を垣間見、
素晴らしい歌声を聞くことが出来て、
いっぺんに幸せになった。

第一印象や、外見で判断されがちな世の中に、
一喝といわんばかりのパフォーマンスに、脱帽した。


なにがあっても、年齢がいくつになろうとも、諦めずに、
ずっと、好きなことをし続ける。

この頃自分が選択したもののなかから、
頻繁に目にするテーマでもあるようだ。

言うのは簡単だが、なかなか難しいことだと思う。

心が動いたとき、
言葉がすらすらと出てこない。
その沈黙の中の感情の密度の濃さとは裏腹に。


ボイルさんのパフォーマンスにただただ感謝です。

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写真

今年にはいってから、
安いデジカメを買った。

ちょっとずつ写真が増えています。

幸いにもこのブログに、
アルバムのスペースがたくさんあるので、
なんだかんだと、
しょーもないもんを撮って遊んでいます。

花が次々と咲いて、
庭もにぎやかに。
空気がまだ冷たいけど、
朝日が昇るときや、夕日の空を見ると、
透明で綺麗すぎて気が狂いそうになる(笑)

なるべく、長時間、時間を忘れる。
長時間という矛盾をかかえた最近の課題だ。

そんな矛盾の中で、
写真って、瞬間を切り取ることができる、
便利なものかも。

季節外れで、アルバムのページの写真と重複しますが、こんなのがあったので、お閑な方は見てください。フラッシュプレーヤーを使用して、ブラウザで写真を本のように見るツールのようです。音楽が鳴るのでうるさいかも (30日限定で削除されるそう)

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GW 春がにぎやかにやってきた(いろんな意味で)

ついこの前まで、GWでおおわらわだった。
だんな方の両親と兄が、毎年恒例で遊びに来てくれる。

ここに越してきてから、10何年、一度も休まずに。
義父が作った米やえんどう豆、野菜、お菓子、
その他いろいろなお土産を車に積んで。

もう二人とも80歳を越えているのに、
関西から兄が車を運転して、
はるばる来てくれるのだ。

こちらから出かけるほうが当然なのに、
来てくれるのだから、ほんとうにありがたい。

義母は今年にはいってから、
腰の骨を骨折して、歩くのもしんどいようなのに・・・

義母曰く、
「身体が悪いや、年いったとかなんやで、じっとしていたら、
気持ちまで年寄り臭くて陰気になるから、無理してでも行くねん。」

そう言いながら、来てくれて、
妙高の山を観にドライブしたり、
みんなが大好きな小布施町に遊びに行ったり。
義母はこの時期に雪を見ることができたと、
とても喜んでいた。

私は、「なんかおいしいもんでも作ったろ~♪」と
牛肉のたたきを作ってみたり、
でかい鍋に、おでんを炊いたり。
(もちろんだしは「すじ肉」、これもここ数年恒例メニューと化している)
季節はずれのおでんだから、
おでん種の種類がいまいち。

その他、なんやかんやと思いつくまま・・・
この低カロリー健康ブームに、
義父は、魚が嫌い、肉やったら食べるというような人。

毎年、こんな調子でわいわいと過ごしている。


よくも悪くも、超アットホームなイヴェントがないと、
うちに春が来ないような気になると思う。


後日、長旅でお疲れが出てないか、心配だったが、
しんどいと言いながらも、もう田んぼに行ったりしてるようだ。

私がちょっとでも、しんどいだとか思ったらバチがあたる。
いつまでも元気であって欲しいと願う日々である。

GWあたりから、大山桜が満開。
家の玄関、屋根には今、花びらが絨毯のよう。

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淡墨桜

暖地ではもう散ってしまっていますが、
家の庭では、今やっと彼岸桜系の桜や杏の花、
梅の花までがいっぺんに開いてきた。
(梅がここで咲くのはめずらしいのです)
ソメイヨシノや山桜はGWくらいに咲くことでしょう。

長野の市街地が桜の開花を待っている時期も、
神戸に居た頃の記憶で、いつも早く桜が見たいと思う。

そういうわけで、今年は小布施町にある「おぶせミュージアム」の、
中島千波館(淡墨桜で有名な日本画家)に行った。
展示数が、いまいち少なくて少々落胆したけど、
建物も庭もなかなか素敵な空間でした。
入館する人はほとんど居ず、おかげで貸切状態。
じっくりとすばらしい「淡墨桜」(うすずみさくら)を堪能できた。

本来、桜の木ならば、どこに行ってもたくさんあるし、
実物に勝るものはないのかも知れないけど。

桜の花が美しいのはあたりまえなのだが、
たとえば私が実際に、銘木淡墨桜を人ごみの中で見たとして、
その銘木の生命力、力強さ、繊細さ、多数の色彩を、
画家が見たそれのように見ることが出来るだろうか?

もちろん、ひとつの見方としてとらえるなら、
ものの見方は人それぞれ、千差万別があるから、
「これでなければ」と強く言うことは出来ない。

画家の目を通し表現された桜。

普段と違う、自分というものから少しだけ離れた見方って、
とても面白いし、ちょっとした衝撃的な出来事だった。
今も桜の幹や枝の多彩な色彩が脳裏にやきついている。

それに、岩絵の具の独特の色と風合いは、
鉱物の輝きがとても美しくて、
絵を描かなくても、「岩絵の具欲しいー」と思わされる。

もうすぐ実物の桜が満開になると、
少しは、いつもと違ったイメージが来るだろうか、
そこからどんな発見があるだろうか、と、
これからの楽しみのひとつでもある。

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ふきのとう摘み

長い冬もやっと終わり(・・・といっても、今年の雪は少ないかな)
冬眠から覚めた動物みたいに、気持ちがごそごそしてくる。

雪が融けたので、妙高まで近年恒例の「ふきのとう」採り。
じつはふきのとうくらいなら、わざわざ妙高まで出かけなくても、
うちの庭にも充分芽が出ているけれど。

妙高山の麓の川の土手にたくさんのふきのとうがなっていて、
山野草、アズマイチゲが可愛い薄紫や白い花をつけている。

お宝探しみたいにわくわくして、ふきのとうを見つけては摘む。

そこにはひとがまったく居ず、
ここにも、あそこにもと、蕗に誘われて、河畔を上る。

ただ川の音と草木を揺らす風の音と、
鳥の鳴き声と、私のがさがさという足音だけ。

普段山に住んでいるのに、
近所を歩くだけでは体験できない非現実感。

時間がなくなったような感覚になる。
昔観た、くそ難しいアンドレイ・タルコフスキー監督の映画、
「ストーカー」に出てくるゾーンみたいな空間。
独特で、淋しいのに、何かが充満している奇妙な情景。

それを観た時に感じた何かが、この場所にあるような気がして、
たかが山菜取りなのに、やみつきになってしまっている。

採れたふきのとうは、実家に送ったり、天ぷらやふきみそにしたり。

これからあたたかくなって、身体が目ざめてゆくときに、
こういうあくの強い大地からの贈り物は、
とてもよいエネルギーを与えてくれるそうです。

私は、ふきみそにすれば食べられる程度で、
あんまり好きな食べ物じゃないんだけど・・・(笑)

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動かない自分へ

おそらく、やりたいことが出来る自由な時間をたくさん持ちながら、
楽しみを追いかけて、贅沢な時間を過ごしているではないかと、
人様の目にはそう映っているのだろう。

自分は一体何をやっているんだろう。
そんな疑問がしょっちゅう出てくる。
することがない。

じゃあ、今、いちばん「したくないこと」をやってれば?
という心の声が聞こえた。

もちろん、私の「したくないこと」とは、
自分では気が進まないけれど、ほんとうは「正しい」こと。
他人に有益で、地味で、誰にもわからず、
自分には一銭にもならぬこと。

じゃあ、「したくないこと」って何だろう。

・・・・・・

ボランティアを何かすればいいのでは?
う~ん。それは何か違うんです。
ボランティアって「したくないこと」でもないし。

・・・・・・・

あれ、それって・・・
ようするに、不甲斐ない自分の現状に、
何か理由をつけて、納得したがってるだけではないかと。

動くのに理由なんていちいち考えてたら、
何も出来ないのはあたりまえではないか。

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